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January 2017

January 20, 2017

管楽器奏者のジストニア(2)

数年前になるが、歯並びを直したいというクラリネット専攻の音大生が来院した。楽器を吹けなくなってしまい、その原因が歯並びにあると考えたからという。吹けないというのはどういう状態かというと、楽器をくわえて音を出そうとすると、顎がガクガクしてしまう。実際の歯並びとしては、左下の犬歯が唇側に出て左右非対称になっている。右側から息が漏れる状態で、上顎前歯も両方で咬むことができず、片側にパッチを何枚も貼って少しは良くなったということ。
あまりのガクガク具合で、歯並び直してどうなるかはわからなかったけど、奥が鋏状咬合になっていたり、少なくとも矯正治療をした方がよい歯並びであったので、治療を始めることになった。

出ている左下の犬歯を後ろに下げていくと、1日5分とか吹けるようになってきた。吹いている様子は見なかったが、治療に伴いだんだん吹ける時間も増え、大学も無事卒業することができた。矯正治療も終わり音楽関係の仕事をしながら楽器も細々と続けているということで安心していた。

先日の来院時、クラの方はどうですか?と聞いたところ、吹奏楽などのtuttiでは吹けるのだが、ソロとなるとまだ難しいということ。専門のところでジストニアの診断がついたそうで、投薬治療を受けたり(副作用が演奏の妨げになりやめた)、今は運動療法(吹くときの姿勢の改善)を行っているのだという。そして、彼はまだクラリネット奏者となることを諦めていないと感じた。

前から気になっていたのが、とにかく前歯部の咬耗が激しいこと。初診時から磨り減ってはいたが、矯正治療中も明らかに磨り減った。今は歯を被うタイプの保定装置を使っているので保護はされていると思う。それもあって下の前歯のアダプターを試してみないかと提案をした。吹いているところを見てみないとどのようなデザインにするかは決められないけど、演奏時の顎位を変えることでアンブシュアのバランスが変わって好転するかもしれないから。

それで、演奏時のレントゲンを撮ってみた。下唇を大きく巻き込み、マウスピースをとても深くくわえている。初診時のレントゲンと比べると下顎の開きが約1cmも違う。いろいろ試行錯誤の結果なのだと思う。こうすれば少なくともtuttiで吹けるくらいには音が出せる。おそらくこのくわえ方にしたときの筋肉バランスが良かったのだろう。
だったらこの顎の開きで下唇を巻き込み過ぎず、マウスピースも普通にくわえられるようにすればよい。この日はいろいろ吹きながら調整して、結果下顎前歯部分で約6mmの高さのアダプターを使ってみることになった。これを入れてすぐには理想的なくわえ方にならなかったが、少しはくわえ方を改善できたようで、暗く太い音から明るくクラリネットらしい音色に近づいた。

演奏時のレントゲン 初診時   →   現在(アダプター無)
1701201 1701202

これでもうしばらく練習してくわえ方が安定したら、またアダプターを調整しようと思います。

つづく。

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January 17, 2017

管楽器奏者のジストニア

音楽家のジストニアが注目されるようになって10年くらいだろうか。

ジストニアというのは、「筋肉の緊張の異常によって様々な不随意運動や肢位、姿勢の異常が生じる状態」(日本脳神経外科学会のサイトより)をいう。管楽器奏者では、演奏時に限定して起こるアンブシュアや指の不随意運動(意思と関係なく震えたり動かなかったり)がそれにあたる。
全身性のジストニアと局所性のジストニアがあり、音楽家のジストニアはごく一部の症状なのでフォーカル(焦点)ジストニアとも言われている。脳性まひのように脳の病気で二次的に起こるものもあるが、それ以外は原因のよくわからない本態性ジストニアである。
治療方法としては、異常な動きをする筋肉にボツリヌスを注射して麻痺させる、あるいはその筋肉の運動神経を遮断する。全身性のジストニアには脳深部刺激療法といった治療法がある。

10年前は、半年といった長期間「まずは演奏を休む」ことが推奨されているようであった。ジストニアは反射であるから、その反射を中枢が忘れることが必要なのかと思った。
私の診療室にも、1~2年に1人くらいの割で、ジストニアかな?と思うような患者さんが相談に来院されることがある。多くは、普通は起こらないくらいの不安定なアンブシュア。細かく口唇が震える程度から、顎がガクガク動く重症な人まで。もちろん、奏法の問題や練習不足、いわゆるスランプなのかもしれないし、ジストニアかもしれませんねと言ったとしても、それは演奏を休むくらいしか対応策がないし、適切な紹介先を知っているわけではなかったので、自分からジストニアというワードを出すことはあまりしていなかったと思う。
私ができる範囲のこと~例えばアダプターとか歯の治療で、楽に演奏できるようになる可能性があれば試してみた。ご本人の希望で矯正治療を行うこともあった。

現在は、音楽家のジストニアの専門家と称する人も増えており、管楽器奏者のジストニアへの取組としては、楽に楽器を演奏できる姿勢とか運動療法的なものが中心のように思う。そういう意味では、歯科的なアプローチで楽に演奏できるアンブシュアを試みることはそう悪いことではなかったのではないかと思う。
そもそも一般的な治療方法である筋肉や運動神経を麻痺させることは、口唇周囲のような複雑で繊細な組織にはリスキーすぎる。抗精神薬などを処方されることもあるらしいが、副作用や依存性を考えるとそう飲みたくないものである。

つづく。

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January 13, 2017

アダプターは何年もつのか

当院では木管楽器用のアダプター(ミュージックスプリントと呼ぶ人もいる)を樹脂で作っています。商品名「ユニファスト」という即時重合レジンで作製することが多いのですが、一般的に時間がたつと臭いや色が着くため、数年くらいはもつけど、汚くなったら作り直しましょう、とご説明しています。
しかし、数年たって新しい物を作りに来る人はそう多くはなく、やっぱり使っていない人も多いのかなと思っていたのですが、このところ10年近く経って再作製に来られる人もあり、大抵ギョッとするほど汚くてびっくりしていました。

先日来院した人も11年前にクラリネットのアダプターを作製した人でした。それが、とてもきれいに使っていて、少々の変色はしていますがとてもきれいでした。プロ奏者でアダプターなしでは演奏できない状況ということで、長年にわたり毎日長時間使用していたと思われます。
ということで、今度から「まめにきれいに洗えば10年くらいは使える」とご説明することにします。

さてこの方の来院理由ですが、新しいアダプターを試したいということでした。薄くしたいのと、下顎を少々右にずらして「アジャストさせている」(本人談)ので、ずらさなくても吹けるようにしたいということ。上顎前歯の正中が顔面に対し右にずれているため、マウスピースを右にずらしてくわえているので、下顎前歯の中央でくわえるために下顎をずらす必要があったのです。
当時は私も木管楽器のアダプターの作製を始めてまだ少ししか経っていない頃で、下顎歯列とのバランス・対称性を重視して作っていました。(ご本人の希望もあり、ふくらみの無い平らな仕上がりとなっていました。)その後、多くのアダプターの経験をし、金管と同様に上下のバランスが大事だということがわかってきました。ですので、今回は左右非対称の上顎歯列に合わせて、下顎の膨らみの中央をずらし、噛んだ時に均一になるように作りました。予想通り下顎をずらさずに吹けるようになりました。長年慣れ親しんだアダプターの方が慣れた感じの音がしましたが、本人は新しいアダプターに満足ということで、以前の愛用品も新しいアダプターに近づくように削って修正しました。おそらくしばらく練習すればポイントが見つかってより音となるでしょう。

約10年前のアダプター
1701131 1701132

今回作ったアダプター
1701133 1701134

10年も使えてこれ無しでは吹けない存在になるのに、1つ8千円で作っております。レッスンに何度も行くより効果が大きいこともあるんじゃないかと思いますし、価値を感じてくださる方もいますので、そろそろ値上げしたいと考えております。

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