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June 2016

June 09, 2016

クラリネット演奏時の下顎のずれ

プロオケに所属するクラリネット奏者が来院しました。開口時に下顎がずれるというご相談でした。

10年以上前に顎の痛みで耳鼻科を受診し薬を飲んでよくなったという経験がありますが、顎関節の動きにより演奏に支障があると気が付いたのが1年前だそうです。具体的には、ブレスをしてアンブシュアを戻した時に顎位がずれて口唇が対応できないということです。顎関節の痛みや開口障害等はないということ。

咬合からも最初は顎関節症の範疇かと思いましたが、歯列模型と演奏時のレントゲンを見て原因がわかりました。

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模型を見ると下顎の前歯が斜めになっているのがわかります。前歯3本がほぼ直線に並び右側ほど内側に入っているのです。そして演奏時の下顎は左にずれています。この3本のところでマウスピースをくわえることで楽器が右を向き、演奏時には楽器の力が左方向にかかり、下顎がずれるのだと思われます。
前歯が左右非対称だから楽器がずれているのか、楽器を左右非対称で吹いていたら歯並びがずれたのか、どっちが先かはわかりませんが、おそらく両方が関係していると思います。

そこで、写真のように下顎前歯の前面が左右対称になるようにアダプターを作りました。厚さが左右で違うことがわかるかと思います。上から下までスムーズにアンブシュアが変わることなく吹けるようになり、よい結果になったと思います。

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June 06, 2016

金管楽器奏者の歯の固定

歯周病(歯槽膿漏)の治療の一つに歯を固定することがあります。固定をするには、ワイヤーなり接着剤なり何かを付けるわけで、それが管楽器(特に金管楽器)の演奏に支障を及ぼすことがあります。

先日来院されたのはプロオケ所属のトランペット奏者で、3年ほど前に演奏時に右上の1番(中切歯)がガクッと内側に動いたため、ワイヤーで前歯6本を固定されたところ、吹けなくなったのだそうです。その後、いろいろな歯科医院で固定方法を変更して現在にいたるのですが、アタックが出来ない、空気が溜り息が漏れる、マウスピースがうまく乗らない・・・という状況でした。
上顎の犬歯から犬歯の6本が固定されていました。おそらく最初はワイヤーをそのまま接着したのでしょう。別の歯科医院で舌側の隣接面をくりぬいてワイヤーを埋め込んだ。次の歯科医院ではワイヤーを外して充填用レジンで固定し、演奏時の息漏れを防ぐために鼓形空隙も埋めたのだと思います。その過程で隣接面は削られて行き、ご自分でも吹いて痛い部分の歯を削り、本来の歯の形からかけ離れていったのではないかと思います。

まず、その固定は本当に必要なのか、です。歯周病で歯槽骨がほとんど残っていない保存の難しい歯は固定することがありますが、その歯は亜脱臼して固定をしたのですから、固定は一か月もしたら外すべきだったのではないかと私は思います。おそらくトランペット演奏でかかる力から守る目的で固定を継続したのでしょう。確かに全体的に歯周病に罹患してはいますが、前歯部の歯槽骨吸収は臼歯部ほどではなく、実際固定を外した時点での動揺は大きくありませんでした。むしろレジンが歯肉の炎症を起こし、固定することで歯根膜の血流を阻害し歯周病を悪化させる可能性もあるのではないかと思います。
処置前の上顎前歯部の歯肉の色が病的に白かったのですが、固定を外して歯肉の色も良くなったように感じます。

演奏時のレントゲンを見ると、マウスピースの上下的位置は中央に近く、下唇が巻き込まれているのが特徴です。たまたま私は彼の所属しているオケの演奏会を録画しており、それが歯のトラブルの前の演奏でアンブシュアを確認したところ、マウスピースはかなり下寄りで、下唇はしっかり張られ安定していました。アンブシュアが安定せず混乱している状況ですので、レントゲンから現状を理解するだけでも効果はあったかと思います。

まずは固定された歯をセパレートし、付いているレジンを極力外しました。写真のように見るからに隙歯ですが、この時点で、既に吹きやすくなったのです。それから、本来の歯の形を想像して歯の形を作っていきました。
治療時間の都合と一度に多くの処置をするとわからなくなるため、1回目は中切歯2本を作りました。特に右側は薄くなっており、唇側面にもレジンを盛って厚みを調整しました。この段階でまだ空気がたまる感じがするということで、即席でシリコン印象材で歯肉用アダプターを試してみました。効果がありましたが、吹いているうちになくても大丈夫になってきたようです。

2回目は側切歯2本を作り、前歯4本全体の調整をしました。すべての隣接面がコンタクトするようにし、本来の歯の形にして歯質との段差をなくすようにしたため、鼓形空隙はあえて開けたままです。私は、鼓形空隙自体が息漏れを起こすのではないという考えですが、やはり開けたままでも息漏れや空気の溜りは起こしませんでした。最後は高音域がきついということで歯の切縁の角の形態を調整し良い感じになりました。
歯肉用アダプターについては、歯の形態が確定したら試す予定でいましたが、もしこのまま問題なく演奏できればなくても大丈夫と思います。歯肉&歯槽骨の退縮は経年的なものなので、アンブシュアがすでに適応しているでしょう。

2回目の処置の際には、2年前の歯列模型を持参していただきました。できれば3年前よりも前の模型があればよかったですが、十分に役にたちました。もしものときのために、皆さんも時々歯列模型を作ってもらうことをお勧めします。

当院初診時の前歯の写真
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レジンを外したところ(左)と中切歯2本の形態を回復し歯肉が下がった分をシリコンで補う
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前歯4本の処置終了
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初診時の演奏時レントゲン写真
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June 02, 2016

管楽器奏者への歯科治療の評価方法

1年ほど前になりますが、とある歯科大学で管楽器奏者の治療を手掛けているという歯科医の方が見学にいらっしゃいました。専門は補綴学で、数年前に開かれたInternational Educational Project for Embouchureの第一回学術大会にも参加したということでした。いくつか管楽器に関する論文も発表されていて、発音障害の治療に関する研究を応用して管楽器の方の治療にあたっているようです。

治療の効果があったかどうかを評価する方法として、音量の大きさを指標にする、つまり音が大きくなることを良い結果であるとするというお話でした。管楽器を演奏している私からすれば不思議です。音の大きさは簡単に変えることができ、簡単にいろいろな環境で変わるものであるからです。しかしながら、ff,mf,ppを各音で吹き分けられるかというのも指標にしているようで、それは良い評価方法かもしれませんが、日常の臨床ではどうでしょうか。

私は、アダプターや歯の調整の際に「良くなった」かどうかをどう判断しているかですが、一番は音質。音質といってもいろいろな意味があると思うのですが、明らかに良くなったという状態であれば、吹いている本人が笑顔になっています。こもっていた音が抜けるようになった、ビヤッと広がっていた音がまとまるようになった、アタックのきれいになったなど。それからアンブシュア。自然な良いアンブシュアになる。無駄な動きや無理な力がなくなる。アンブシュアが音の高さにより変わらずつながるようになる。楽に吹けるようになると細かいパッセージを突然吹き始めるようになる人もいるし、pが楽にコントロールできるかテストする人も多いです。ときたま音程、高音域がぶら下がらないか。などなど・・・

これらを客観的に評価する方法はないだろうか。その歯科医が見学に来た時にお話ししたのは、やるとすれば、周波数分布を調べることなのかなと。その楽器の音色には本来の周波数分布というのがあるのだから、それにいかに近づくか検証するのがよいかもしれません。
あとは術後の演奏時レントゲン写真で評価をすることもできるかもしれませんが、術前のレントゲンから得られる情報にくらべ、既に治療が終わり満足な結果となっているところでレントゲンを撮っても、その患者さん自身にとって有用ではないかもしれず、現在の当院では行っていません。

私が日頃経験するような、クラリネットの音色が境界明瞭になった感じとか、ホルンの音色に艶が出た感じとか、数字ではとても評価できない、耳と目と指先で行う職人的な仕事であります。
その歯科医はお聞きしたところ、ご自分はピアノ奏者で管楽器奏者の治療経験は5名ということでした。私の百分の一です。私も当院にいらしていただいた管楽器奏者の皆様のデータを何かの形で世の中に活かしていきたいとは思っています。

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June 01, 2016

前歯を再現する

前歯が折れて困っているというホルン奏者が来院されました。プロオケで活躍し定年後も教育や演奏活動をされており、今年もいくつか協奏曲のソリストを予定しているということでした。

元々神経の死んでいる歯だったのが硬い物を噛んで折れてしまったとのこと。それで慌てて指導先のアマチュアオケで木管楽器を担当している歯科医に診てもらい、レジンで修復してもらったのだそうです。それが約1か月前。そちらの歯科医院でいろいろしてもらったのだそうですが、どうにもならずに当院に来院されました。
私だったら、その折れた歯を瞬間接着剤でくっつけてしまうのですが、残念ながら前医で捨てられてしまったそうで、もし残っていたとしても、既に歯にレジンが付けられていているので正確な位置に戻すことはできないでしょう。

前医の処置の特徴としては(初診時写真参照)
・継ぎ足したレジンは両隣の歯につなげてある。
・無理に正中を合わそうとして前歯2本の大きさが違っている。
・舌側がくりぬかれて下の歯と当たらないようにしてある。
とても気持ちはわかるし、外れないようにという心遣いなのだと思いますが、両隣とレジンでつなげると、それだけで本来の歯の形と違ってしまいます。

レントゲンを見ると、演奏時の歯の開きが狭いことがわかります。アンブシュアも唇が余ったようになっており、レジンが下の歯と当たらないように薄くしてあるため、息の流れが太くなってしまい、歯を閉じて吹いていると考えられます。

そこで、まずは両隣とセパレートし、おそらく元の歯はこんなだったであろう形を想像して大まかに作り、あとは吹きながらの調整です。幸い20年前の歯列模型をお持ちだったので、ものすごく役に立ちました。ただ、歯が折れて前医で処置をして1か月以上経っているため、アンブシュアも変わって不安定になっている状態で、一度は良いと思った箇所も、やっぱり戻して・・・ということを繰り返し、調整に5回ほどかかりました。

初診当初は柔らかくそれはそれで良い音色でしたが、元々アレキ107をお使いだったことから想像する本来の音とはかけ離れていました。歯の形を戻すことで、華やかで艶のあるおそらく元々の音に近づくことができたと思います。もちろんアンブシュアもピタッとしました。
模型を参考にしても限界があり、後は吹きながらの調整が必要でした。ある程度の歯の形が整ったところで、音の移り変わりがスムーズにいかない箇所を直していきました。これは歯の唇側面の豊隆の具合の調整です。その後、高音域が当たりにくいということでいろいろ試しましたが、最終的には歯の長さの調整(=アンブシュアを作った時の上下の歯の開きが左右対称で均一であること)が効果があったようです。

20年前の模型を見ると、右の1番と2番の間に虫歯の治療時に出来たと思われる隙間があり、もしかしたらそれを再現すると、この方の個性的な音色を取り戻せるのではないかと考えました。しかし、ソリストを務める演奏会まで1か月となり、とりあえずこのままということに。

私が行う金管楽器奏者の歯の調整の基本は、本来の歯の形にすること。つまり、一般的な(解剖学的な)形であること、あるいはその人の元々の歯の形であることが大切だと思っています。

当院初診時の前歯の写真
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治療後の写真
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初診時の演奏時レントゲン写真
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