December 08, 2017

歯の形は変わる、歯並びは変わる

この前15年前の自分の口腔模型を見つけて、現在の模型と比較をしてみて、意外と変化していることがわかった。上の前歯の内側が少し咬耗し、上の前歯の長さが少し短くなり、下の歯列の正中のずれがほんの少し大きくなっていた。どれもほんの少しではあるが、へ~~っと思った。

歯の形は変わる。例えば歯軋りなどをして歯に負担がかかると、歯は磨り減ったりカケたりする。歯頚部あたりに楔状欠損が起こることもある。もちろん虫歯等で歯の治療をしていれば元の歯とは違う形になる。私は自分では歯軋りなどしているつもりはないのだが、普通に過ごしていても歯は僅かずつ短くなるのである。

歯並びも変わる。昔読んだ論文によれば、咬合するとそのたびに歯が近心傾斜する方向に力がかかるそうだ。つまり長い年月のうちに奥歯は前方に移動し、そのしわ寄せを受けて歯は前に出るか叢生になるということになる。
経験的には、これは個人差があるように思う。最近聞いた話によれば、ドリコ(下顎が急傾斜な顔面骨格パターン)だと起こりやすく、ブラキ(下顎がガッチリした顔面骨格パターン)は起こりにくいということらしい。なるほど臼歯にかかる咬合力の方向を考えるとそうなるのであろう。
歯軋りや食いしばりで臼歯が磨り減る、また虫歯治療を繰り返すうちに臼歯が低くなるなどしてやはり前歯が前に出たり叢生になったりする。歯の治療方法(材料)よっては、余計磨り減ることもある。臼歯の欠損によってさらに顕著に起こる。これは上記のように自然に歯が前に移動してくるよりも大きな変化と思う。
また、成長は終わっても、歯並びに影響を及ぼす習慣は他にもある。多いのは舌突出癖。若いときは問題がなくても、中年になり歯周病によって歯の支えが弱くなると舌の影響を受けやすくなる。前歯が出てきて隙間も出来る。うつ伏せ寝で顔を横向きにしていると下顎に横から自重がかかり歯並びは歪む。などなど。

さて、それではどう対処すればよいかである。
起こるべき変化であれば、それに合わせてアンブシュアを適応させていく、あるいは道具を合わせていくということだろうか。例えば金管であればマウスピースのボアを大きくするとか。
何らかの原因があり必要以上に変わってしまったら、歯の形を元に戻すことも可能なこともあるだろうし、アダプターが助けになることもある。また、変わってしまった原因があれば、それを取り除く。調子のよい時の口腔模型を保存しておく、ナイトガード(歯を守るためのマウスピース)などを寝るときだけ使用するというのも良い対策と思う。

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November 24, 2017

アダプターの溝

当院を開院してすぐの頃からアダプターを作成し使っていただいていたユーフォニウム奏者が、最近来院した。最初は音大生であったが、15年以上経った今もユーフォの演奏を続けている。何度か作り直したり調整したりした。最初は私も手探りだったので、左右対称のつるっとした物から、上顎の前歯の非対称な並びに合わせたりしながら試行錯誤をした。

3年ほど前に「自分の歯で吹こう」と思い立ち、それからアダプターを使わないで吹いていたのだそうだけど、やはり吹きにくく、でも前のアダプターは入らないし不満もあるしということで、新しいものを作成した。
以前、アダプター表面をリアルな歯の形にして音質が変わったという話を書いたのだけど、彼女はそれを読んでいて、私のにもそうしてくださいというご要望。正直言うと、それを作るのはとても手間がかかり(歯並びの凹型を作ってレジンを流し込んだ)3万円もらってもやりたくないと思っていたので、迷ったのだけど、アダプターを使って吹くと周囲から音が浮いてしまうのだということで、しぶしぶすることにした。

やってみれば5分もかからず、溝を入れただけなので見た目あまりリアルではないが、音は激変。通常のアダプターだとメローな、おそらく不整倍音の少ない音質(それがユーフォらしさかと最初思った)だったが、溝を入れたところ、芯もありハッキリとした、でもユーフォらしい音となった。アダプターなしだと歯並びが悪いため更に不整倍音が増えるのか少々雑味のある音質なので、これだったら絶対アダプターありの方が良い音で、しかも吹きやすい。

アダプターの表面を歯並びのようにすることで音質が良くなるのは、ホルンでは起きても、もしかしたらユーフォのようなマウスピースの大きい楽器ではそれほど変化しないのではと想像していたのだけれど、むしろホルンよりも変化量が大きかったのでした。

アダプターを入れた状態。上の前歯とバランスが取れている。
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通常は上下前歯の被りに左右差がある。
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November 23, 2017

管楽器奏者とマウスピース矯正(4)

アソアライナーを2ステップ使用したところで、インビザラインで自分の歯並びを動かすことにした。目的は前に書いたが、演奏時の上下の歯並びのバランスを整えることである。歯のバランスがよい顎位で吹こうとすると私の場合、左にずれている下顎をさらに左にずらすことになり、そうすると左側の下唇が前に出る(上唇に被る)アンブシュアになってしまう。だから、下顎歯列が右に戻るようにしたいのである。

インビザラインは一般的にアタッチメントといってレジンの突起を歯に接着する必要がある。聞いたところ、アタッチメントなしでも発注できるということで、アタッチメントなしにしてみた。アタッチメントの役割としては、装置を保持させ、歯を三次元的なコントロールをすることと思うが、とりあえず無くても装置はきちんとはまり機能はする。もちろん捻転とか挺出とか歯根のコントロールとかアタッチメントが必須なこともあろうが、場所によっては管楽器演奏に影響が出るものなので、なくてもよければそれに越したことはない。

9月10月と本番が続いたのでインビザラインは使わないでいたため、使い始めてまだ1か月半ほどであるが、装着感や歯の痛みなどに関していうとアソアライナーより快適である。ただ、必要な装着時間がアソアライナーに比べて長く、一応1日20時間の使用が義務付けられているのが難点であるが、結構おさぼりしていてもそれなりに動くので、その分使用期間を長くするなどして対応できると思う。ただしシビアなケースではちゃんと使った方がよいとは思う。金管奏者でむしろゆっくり動かしてアンブシュアを少しずつ適応させたいときなどは、1ステップでの移動量を少なくしてストレスなく使うのも手である。

ということでまとめると、私のおすすめとしては
・歯列全体を動かす必要があるときは、インビザラインがよいだろう。
・ただし、歯並びの状態によってはインビザラインだけの治療だと治療期間がとても長くかかることがある(あるいはきちんと直らない)ので、固定装置をうまく併用すると良い。
・部分的な矯正、移動量の少ない場合でも、インビザラインの方が通院頻度や装置の快適さの面で患者としては楽である。ただし枚数が少ない場合はコストがインビザラインの方が高くなるので、アソアライナーの方が治療費を安くできる。
・毎回どう動かすか、吹きながら軌道修正する必要があるときはアソアライナーがお勧めである。ただ、1ステップの移動量が大きいので、新しい装置に交換した直後はしばらく歯の痛みや吹きにくさが出る可能性が高く、演奏活動と上手く付き合う必要がある。例えば吹き始める少し前から装置を外すとか、装置交換の時期を考慮するとか。
・いわゆるマウスピース矯正は、インビザラインやアソアライナーの他にも多くの会社が参入しており、いろいろなものがある。まずは矯正歯科の専門医院で相談することをお勧めしたい。一般歯科(普通の歯科医院)でよくわからなくても丸投げで治療ができるシステムもあるし、インビザラインだから安心というものでもない。とはいえ、矯正歯科専門医でもマウスピース矯正については温度差が大きく、否定的に思いつつもしかたなく使っているという医院も少なくない。まずはよく話してみることをお勧めしたい。

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October 24, 2017

管楽器奏者とマウスピース矯正(3)

数ヶ月間自分でアソアライナーを使用してみて、3回ほど壊滅的にホルンが吹きにくくなった日があった。おそらく原因は、上下前歯の関係によって上下唇の被りの加減が変わったこと。具体的には、アンブシュアを作るべく上下の前歯をそろえた時、ほんのわずか(探針ひっかかる程度)下の方が前に来ると、途端に吹きにくくなったのだと思う。
切端位での上下前歯の関係を考慮してセットアップしたアライナーではあったが、移動の過程で一時的にそのような段階になった、あるいは楽器演奏によるプレスでわずかに上顎前歯が内側に入りそのような状況となったのだと思う。

大切なことは、治療中の歯が動いている過程で、吹きにくい歯並びになることを避けることである。特に金管楽器では上下前歯の位置関係は重要である。ゼロコンマ何ミリかの違いで吹きにくくなる。

そのようなことが起こらぬよう、毎回のセットアップ状態を確認し、吹きにくい状況を作らないことが管楽器奏者をマウスピース矯正で治療する上で大切なことと思う。それでもどうしても起こりうるので、毎日のウォーミングアップに時間をかけ、アンブシュアを調整し直すことが必要だろう。

アソアライナーは毎回模型上でセットアップするので、その確認がしやすいが、技工所の担当者のよって正直セットアップの出来が違うのが難点(リカバリーは可能)。1回のセットアップでの移動量が0.8mm程度であり、最終的にセットアップ通りに近づくまでの過程の歯の動きは均一とも限らない。
その点、インビザラインは1回のセットアップでの移動量が0.25mmなので、そういった不均一な動きは起きにくいと思う。インビザラインは最終の仕上がりは術者が調整できるのだが、その過程はシステム上決まってしまう。でも確認は出来るし、ある程度は動かし方のオーダーが出来るので対応はできると思う。

例えば前歯の叢生を直すのにはスペースが必要なのだが、そのスペースを得るために、歯を削る、歯列を側方に拡げる、前歯を前に出すのいずれかの方法をとる。歯を削るのも削りすぎると歯の形が変わりそれはそれで良くない。管楽器奏者であれば、側方に拡げつつ叢生を直し、必要以上に前歯が前方に出ないようにするのが良いケースが多いと思う。

少し前になるが、とある一般歯科医(=矯正を専門としてない)向けのマウスピース矯正のセミナーを受講してきた。歯の動かし方や難易度の判定など、共感できなかったので、その装置(名前は書かない)を使うつもりはないのであるが、前歯を一度前方に傾斜移動させてスペースを作って叢生を直し、余ったスペースを最後に閉じるという動かし方が基本のようである。金管楽器の人にはあまりお勧めできない装置と思った。

いずれにしても、マウスピース矯正の装置にはいろいろあって、歯の動かし方もいろいろなので、できればその辺を配慮して治療をしてもらえるとよい。

つづく

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April 12, 2017

管楽器奏者とマウスピース矯正(2)

マウスピース矯正にはいろいろな物があるが、ここでは「アソアライナー」と「インビザライン」について書いていきたい。オリジナリティ、現在の普及状態から、この2つが代表格と言ってよいかと思う。
一般的に、部分矯正をアソアライナー、全体的な矯正をインビザラインで治療することが多いのではないかと思うが、複雑な治療もアソアライナーでやろうと思えばできるし、インビザラインでも簡単な治療向けの製品も用意されている。

装置の大きさ:
アソアライナーは歯肉部分も被っている(通常歯頸部から2~5mm、上顎口蓋側は10~20mm程度か)が、インビザラインは歯のみを被う。なので、インビザラインの方が違和感は小さい。演奏している時に外す分には関係ないが、演奏中も装着するならインビザラインの方がよいだろう。最初からピッタリだし。
アソアライナーは最初は浮いた状態で使用するので、装置が長い分、唇・頬や舌に傷が付きやすいかもしれない。また、ステップにより厚さや浮き加減が変わるので、付けたままの演奏は適応しにくいのではないかと思う。

装置の使用時間:
アソアライナーは1日17時間以上、インビザラインは1日20時間以上の使用が義務付けられている。(ごめんなさい、当院ではアソアライナーは15時間以上と説明しています。特に支障はないです。)
問題は、通常は演奏時に装置を外すので、練習時間が稼げるかどうかである。専門学生は1日3時間は練習するとして、インビザライン20時間の装置使用のためには合計1時間で食事と歯磨きをすませる必要があり、ちょっと難しいかもしれない。実際、当院の患者さんの例だと、プロオケ団員で1日15時間前後、フリーランス奏者で1日18時間前後といったところ。その場合当院では1ステップの使用期間(通常2週間)を長くすることで対応しているが、それでも治療が進むと合わないところが出てきて、印象取って軌道修正(追加アライナー・リファイメント)が必要になりやすいように思う。
その点アソアライナーは、1日15時間だとハードルが低く達成しやすい。

アタッチメント:
インビザラインではアタッチメントといって歯面にレジンの突起を接着する。歯を捻転させたり圧下・提出させたり歯体移動(傾斜を抑えた移動)するためには必要となるが、歯しか被っていない装置の保持のためにも必要なので、アタッチメントなしというわけにはいかない。私は管楽器奏者にはなるべく前歯部のアタッチメントは付けない治療計画にしているが、歯の移動方向によってはどうしても必要となり、演奏時に痛みや傷の原因となることがある。その場合は角を丸めて対応している。アタッチメントは残念ながら歯の裏側にはオーダーできない。
アソアライナーは基本アタッチメントは付けない。挺出などの時はアタッチメントが推奨されていたが、アタッチメントの必要な治療はトレーもデザインも用意されているインビザラインの方が楽である。最近は捻転などアソアライナーだけでは治りにくいケースでは2Dリンガルブラケットの併用が推奨されている。

つづく。

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April 11, 2017

管楽器奏者とマウスピース矯正(1)

マウスピース矯正とは、薄く透明なマウスピースで歯を動かし、マウスピースを交換して少しずつ動かしていく矯正治療の方法である。アライナー矯正ともいう。15年前くらいから普及し始め、現在は一般的な治療法になりつつある。
取外しできるという点で、管楽器奏者にとっては福音的な治療法であるといえる。
しかしながら、すべての歯並びにマウスピース矯正が望ましいわけではない。ちょっとした叢生の改善やスペースの閉鎖などにはとてもよいと思うが、複雑な治療が必要な場合、治療期間がとても長くなったり、本当に直したいところが終盤にならないと直らないなど、あまり向かないケースもあると思う。もちろん固定式のワイヤーじゃないとちょっと直せないという歯並びもある。なるべく早く直したいという人には、固定式装置とマウスピース矯正を併用して治療期間を短くする工夫を私はしている。

マウスピース矯正には多くの会社が参入し、いろいろな製品が存在する。大きく分けて「アソアライナー」タイプと「インビザライン」タイプの2つがあると言ってよいかと思う。
アソアライナーは、模型上で直接歯を動かしたセットアップを作製し、それにシートを圧接する。1つのセットアップで強さ(厚さ)の違う2~3つの装置を用意して弱い方から使用する。最後の装置になったら再度印象を取り新たにセットアップして次の装置を作る。1回ごとの装置代は比較的安価であるので、歯の移動が少ないケースに向いている。一般的に前歯の部分矯正が主な対象となる。
インビザラインは、精密な印象を取り、それをコンピューターに取り込んで最終の歯並びまで計画し、最初から最後までの装置をコンピューター上で設計して作製する。様々な工夫で歯の3次元的な移動が可能となっているが、印象採得にコストがかかり装置作製費も高額なため、全体的に動かしたいケースに向いている。
どちらも1つの装置を10日~2週間使用して、次の装置に取換えてちょっとずつ歯を動かしていく。

アソアライナー
http://www.aso-inter.co.jp/aligner.html

インビザライン
http://www.hanarabi-smile.jp/mouthpiece/

次回はアソアライナーとインビザラインの違いについて、管楽器奏者目線でまとめてみたいと思います。

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March 03, 2017

エナメル質形成不全

エナメル質形成不全というのは、歯が萌える前から歯の表面のエナメル質が一部なかったり薄かったりすることである。一部が凹んでいたり茶色かったりする。臼歯に多いような気がするが、前歯でも起こる。
管楽器演奏にどう影響があるかであるが、管楽器を始めた時からその形をしていて奏法が確立するのだから、まあ困ることはないと思う。しかしながら、見た目が悪いので治療して歯の形が変わったり、エナメル質が薄いので経年的に歯が欠けたりすることで影響が出ることはあるだろう。

この方はホルンを吹いているのだが、上の前歯2本がエナメル質形成不全で、唇側面に凹凸があり(ご本人によれば洗濯板の様であった)切端部も欠けている状態である。6年くらい前から見た目が気になり、他の歯科医院にてレジンによる治療を受けているが、半年に1度くらい外れて、その度にやり直してもらっているのだそう。
そのレジンが上唇にひっかかってスラーがうまくできない、高音域で上唇が痛いといった不具合があるということであった。
最初の日は時間がなかったので、とりあえず充填されている盛り上がったレジンを平らに整えたのだけど、それだけでもすごく吹きやすくなったとのこと。切端が短くガタガタになっているので、調整するともっと吹きやすくなりますよと提案し、後日形態の調整を行った。
歯の長さについては、切端位(下顎を少し前に出した位置)をとると犬歯が当たって中切歯は隙間がある状態だったので、少し長くしアンテリアガイダンスがバランスよくできるくらいに整えた。
それで随分良くなって吹きやすくなった様子。最初の印象では低音域が得意で高音域は苦手かと思ったら、元々上吹きということで、歯の長さが戻って息が絞れるようになり高音域が吹きやすくなったのだろう。
でももっとよくなると思い、厚さを調整した。中切歯2本の唇側エナメル質が薄いために、切端位で少々下の前歯が前に出るので、特に中切歯の近心部分を厚くして、切端位で上下のバランスが良くなるようにした。
そうしたら、予想通りではあるのだけど、予想以上に音色が良くなり(こう言っては何だが最初は間の抜けた音色だった)、何というか艶が出て、元々ポテンシャルのある人だったのだなと感心した。ご本人も一吹きしただけで吹きやすさを実感したようでした。

1703031  1703032
初診時    →    歯の形態調整後(ともに咬合位)


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March 02, 2017

管楽器奏者のジストニア(4)

管楽器奏者のジストニアとして一般的なのは、木管楽器のフィンガリングに関わるものと、金管楽器の口唇に関わるものではないかと思う。

少し前になるが、プロのクラリネット奏者が来院された。右手の薬指・小指の動きが悪くジストニアと診断されたが、ジストニアになったのは他の歯科医院で作製したアダプターが原因と考えているので、当院にてアダプターを新調したいということであった。
だったらアダプターの使用を中止すればよいのにと思ったが、それでは口唇が痛くて吹けないらしい。アダプターによって楽器の向きがずれてしまったために、姿勢や指に負担がかかったのが原因と思っているとのこと。私はどっちかというと、楽器の向きを直すためにアダプターを作ったりするから、そういうのは得意である。
木管楽器の人にとって指が思うように動かないというのは深刻なのだと思う。私などは小指を動かそうとすれば薬指が勝手に一緒に動いてしまうが、特に日常生活にもホルンの演奏にも支障がない。腱が元々癒着しているためと思う。私の友人でもフルートを吹くのに指が思うように動かなくなり、何軒もの整形外科を巡ってようやく腱の問題を指摘され手術をして改善した。たぶん、その辺の鑑別診断はきちんとすべきことなのだと思うが、現実として原因が不明なものがジストニアということなのだろう。


金管楽器について、楽器を吹いているときに口唇がブルブルしたり意思に反して余計な動きをすることは、よくあることで、これを「スランプ」と認識している人は多いのではないだろうか。もしかしたら、この中にもジストニアがあるのかもしれない。口唇を引く筋肉とすぼめる筋肉が同時に収縮するということか。そういう私も過去に大スランプになった。本当にブルブルした、吹けなくなった。
当院に来るスランプな人には特徴があるように思う。大体年齢は40歳前後。中音域が鳴らないが、本人は高音域が出ない方が気になる。多くは横に引きすぎや顎を出し過ぎなどアンブシュアが良くない。
私のスランプも同様で、最初はちょっと調子悪いくらいで自覚がなかった。無理をして吹いてアンブシュアを壊したのだと思った。常に頬が痛かった。おそらく無理のかかる吹き方から身を守るためにブルブルしたのだろう。ジストニアというのは、結局身を守るための防御反応なのだと思う。
私はアンブシュアを一から作り直した。それなりに苦労をし時間もかかったが、良かったと思う。その時ご指導いただいた先生の所には、吹けなくなってしまったプロ奏者が多く駆け込んでいるということだった。結局は奏法を見直すことが根本的な解決法なのだと思う。

つづく・・・かも。

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管楽器奏者のジストニア(3)

では、ジストニアとはどのようにして起きるかである。人間の動作は筋肉の収縮によってされるが、例えばある指を動かすとして、その指を曲げる筋肉と伸ばす筋肉があるように、動作には相反する動作があって、それぞれに働く筋肉が違う。その相反する筋肉が意思に反して同時に収縮してしまうと、硬直して動かなくなるか、痙攣をおこすというわけである。

前回の記事で紹介したクラリネットの人の場合、数年前の吹けない様子を見せてもらった記憶から想像すると、おそらく顎を閉じる筋肉と開ける筋肉が同時に収縮している状態だったのではないかと思う。
下顎の動きを行う筋肉は咀嚼筋と呼ばれ、開口筋と閉口筋からなる。それらのコンビネーションにより下顎は複雑な動きをするわけである。下顎運動は自分の意思で行う随意運動であるが、物を食べる際に口に食べ物が入ってから嚥下までの動作は意識せずに行われる不随意運動(反射)である。主な反射としては、下顎張反射(閉口反射)と開口反射がある。閉口反射は、閉口筋の急激かつ一過性の伸展により生じる閉口の反射。開口反射は、口腔粘膜や口腔周辺の皮膚、歯根膜に刺激が加わることで生じる開口の反射。
私の想像では、クラリネットをくわえる力が侵襲刺激と認識されて開口反射が起き、でもクラリネットを吹こうとする意志はあるので閉口しようとする。つまり、開口筋と閉口筋の収縮が同時に起こってガクガクし吹けなかったのではないかと思うのである。ちなみに開口反射は、閉口筋の抑制と開口筋の促進の両方で起こると考えられているらしい。それまで普通に吹けていたものが吹けなくなったのは、開口反射の原因となる刺激自体が強くなったのか、もしくは閾値が下がったのではないかと思う。

この人の場合、歯の摩耗具合から強いブラキシズム(歯ぎしり・食いしばり)が想像され、一つには前歯が短くなったことで、より演奏時に下顎を閉じる必要が出てきて閉口筋の収縮が過剰になったこと。もう一つは歯の摩耗により歯の刺激に対する閾値が下がったことも原因かもしれない。
話は変わるが、ブラキシズムが起きるのは、この開口反射が睡眠中は抑制されるためらしい。昼間口を開けている人には歯ぎしりをする人が多いというのはそういうことなのであろう。

今回、アダプターでジストニアに対する効果があったとすれば、演奏時の顎位を開いて閉口筋の収縮を抑えられることと、前歯の歯根膜への刺激が軽減されたためではないかと思う。

・参考文献
顔面・口腔領域に誘発される反射の変調について(新潟歯学会誌より)
http://www.dent.niigata-u.ac.jp/nds/journal/302/t302_yamamura.pdf

・口腔領域のジストニアに専門に取り組んでいる先生
京都医療センター歯科口腔外科
https://sites.google.com/site/oromadibulardystonia/

つづく

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January 20, 2017

管楽器奏者のジストニア(2)

数年前になるが、歯並びを直したいというクラリネット専攻の音大生が来院した。楽器を吹けなくなってしまい、その原因が歯並びにあると考えたからという。吹けないというのはどういう状態かというと、楽器をくわえて音を出そうとすると、顎がガクガクしてしまう。実際の歯並びとしては、左下の犬歯が唇側に出て左右非対称になっている。右側から息が漏れる状態で、上顎前歯も両方で咬むことができず、片側にパッチを何枚も貼って少しは良くなったということ。
あまりのガクガク具合で、歯並び直してどうなるかはわからなかったけど、奥が鋏状咬合になっていたり、少なくとも矯正治療をした方がよい歯並びであったので、治療を始めることになった。

出ている左下の犬歯を後ろに下げていくと、1日5分とか吹けるようになってきた。吹いている様子は見なかったが、治療に伴いだんだん吹ける時間も増え、大学も無事卒業することができた。矯正治療も終わり音楽関係の仕事をしながら楽器も細々と続けているということで安心していた。

先日の来院時、クラの方はどうですか?と聞いたところ、吹奏楽などのtuttiでは吹けるのだが、ソロとなるとまだ難しいということ。専門のところでジストニアの診断がついたそうで、投薬治療を受けたり(副作用が演奏の妨げになりやめた)、今は運動療法(吹くときの姿勢の改善)を行っているのだという。そして、彼はまだクラリネット奏者となることを諦めていないと感じた。

前から気になっていたのが、とにかく前歯部の咬耗が激しいこと。初診時から磨り減ってはいたが、矯正治療中も明らかに磨り減った。今は歯を被うタイプの保定装置を使っているので保護はされていると思う。それもあって下の前歯のアダプターを試してみないかと提案をした。吹いているところを見てみないとどのようなデザインにするかは決められないけど、演奏時の顎位を変えることでアンブシュアのバランスが変わって好転するかもしれないから。

それで、演奏時のレントゲンを撮ってみた。下唇を大きく巻き込み、マウスピースをとても深くくわえている。初診時のレントゲンと比べると下顎の開きが約1cmも違う。いろいろ試行錯誤の結果なのだと思う。こうすれば少なくともtuttiで吹けるくらいには音が出せる。おそらくこのくわえ方にしたときの筋肉バランスが良かったのだろう。
だったらこの顎の開きで下唇を巻き込み過ぎず、マウスピースも普通にくわえられるようにすればよい。この日はいろいろ吹きながら調整して、結果下顎前歯部分で約6mmの高さのアダプターを使ってみることになった。これを入れてすぐには理想的なくわえ方にならなかったが、少しはくわえ方を改善できたようで、暗く太い音から明るくクラリネットらしい音色に近づいた。

演奏時のレントゲン 初診時   →   現在(アダプター無)
1701201 1701202

これでもうしばらく練習してくわえ方が安定したら、またアダプターを調整しようと思います。

つづく。

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